多能工化とは、一人の働き手が複数の技術・技能を身につけて、状況に応じて複数の業務に対応できるようにすることだ。1人で複数の業務ができる能力を持った人材が増えることで、労働環境の改善や、生産性の向上が期待できる。
従来は主に製造・施工現場の技術・技能職において、作業の効率化や業務の繁閑調整などを目的に行われてきたが、現在はサービス業や事務職などでも推進されている。
そこで今回は、多能工化を推進するにあたって、手順とポイントを解説しよう。
多能工化とは、社員が複数の業務に対応できる状態にすることだ。たとえばAの業務しかできなかった社員を、「B,C」の業務もできるようにするのが多能工化だ。
「マルチスキル化」とも呼ばれており、トヨタ自動車(旧トヨタ自動車工業)が始めたと言われている。元々、多能工化は製造業や工場などで多く採用されてきたが、現在では接客業や小売業など別の業種でも採用されている。
多能工化が必要な理由は以下の通りだ。
生産年齢人口の減少、職業選択の多様化などを背景に、職場における働き手が大きく減少している。そのため、既存の従業員の能力を十分に活用し、人材不足の解決をしなければならない。従業員1人1人のスキルや能力を高め、複数の業務を担当できるようになることはとても重要になる。
政府の働き方改革の推進により、長時間労働の解消や休暇を取得しやすくするなどの体制を整える必要がある。そこで、労働時間の偏りを調整・平準化し、効率的に労働生産性の向上を目指さなければならない。
多能工化するメリットは以下の通りだ。
社員に複数の業務を教えるため、様々なスキルを習得させられる。スキルの幅が広がれば、今までとは違うジャンルの業務に挑戦しやすい。結果、社員の可能性を広げるきっかけになる。キャリア形成において、多能工化は効果的だ。
時代の流れに合わせて業務量や種類を変えられるため、柔軟性の高い組織づくりが可能だ。習得した幅広いスキルを武器に、時代の流れに合った動きをしてくれるだろう。
多能工化すれば、今までとは違う担当者に業務を任せることが可能だ。業務量が多いことに不満を持つ社員も減らしたい企業にとっても、多能工化は効果的と言える。
多能工化により、工程・職場・業務領域・部署間における繁閑調整が可能となり、業務の効率化を図ることができる。したがって、効率的な労働力の投入により生産量を増加させ、労働生産性の向上につながることで、利益を上げることが可能になる。
チームを多能工化するときは、適切な手順がある。ここでは6つの手順に沿って紹介する。
チーム全体の業務を洗い出して、各社員の業務量や業務内容・スキルを把握していく。チームの状況を知っておけば、全メンバーの仕事量やチームにおける業務の流れを知ることができ、多能工化が楽になる。
他の社員に任せることが可能な業務を抽出する。抽出した後は何か基準を設けて、分類しておくといいだろう。
業務内容によっては、操作方法や手順を細かく記載しなければいけないケースもある。口頭のみで伝えることも可能だが教える人数が多いと、時間がかかったり指導の仕方にバラツキが出たりする恐れがある。それらを防ぐ意味で、他の社員に教えるためのマニュアルを作成する。なおマニュアルを作成するときは、以下のことに気を付けた方がいい。
マニュアルは作成する側ではなく、読み手に理解してもらわなければ意味がない。そのため、読み手の視点に立って文章を書くことが大切だ。たとえば横文字や専門用語、略語などを多用して書くと、読み手側が理解できなくなってしまう恐れがある。その状況を生み出さないためにも、全社員が読んで分かる文章でマニュアルを作成すべきだ。
テキストのみでは、理解するのが難しい場合もある。その場合は図やイラストを導入することで、読み手側はイメージしやすくなる。
不要な情報を載せると、読み手側は混乱してしまう恐れがある。理解するのに妨げとなってしまうため、必要な情報のみ載せた方がいい。
マニュアル作成後、それに沿って行動させる。しかし多能工化させるときは、未経験の作業を行わせることが多いため、失敗が起こる確率も高い。そのため、社員が行動しているときは、上司のサポートが不可欠だ。フォローできる体制をつくり、社員が失敗したときにリカバリーできる状況にすることが大切だと言える。
定期的にフィードバックを行って、次回の行動に活かしてもらう。作業の質を向上させたり、作業を定着させたりする上で必要だ。社員が分かるよう、フィードバックを行うといいだろう。
多能工化するポイントは以下の通りだ。
強引に作業を行わせると、社員のモチベーションを削いでしまう恐れがある。業務効率を下げないためにも、社員の適性を確認してから業務を任せるべきだ。なお適性を確認するときは適正テストを行ったり、社員の業務をチェックしたりなど様々な方法がある。
短期間で行うと業務を覚えられなかったり、モチベーションが下がったりする社員が増える場合がある。すると社内の士気は下がってしまう。それを防ぐためにも、ある程度の時間をかけながら多能工化していくことが大事だ。
ただし多能工化のときに設定する期間は、業務内容によって違う。2,3カ月程度で済む内容もあれば、1年以上かかるケースもある。あまりに長期間だと業務に支障をきたす場合があるため、適切な期間を設定することが重要だ。
社員が有能だからと言って、業務を押し付けすぎるのは良くない。他の業務に支障をきたしたり、精神的な苦痛を感じたりする場合があるためだ。キャパオーバーしないか考えながら、業務を与えるといいだろう。
研修を実施すれば、様々なスキルが身につく。スキルが身につけば、業務に対する理解度も上がっていくため、多能工化が楽になる。たとえば「営業職にITスキルを習得させて、IT関連の業務ができるようにする」、「事務職に営業スキルを習得させて、営業活動ができるようにする」といった形で、研修を活用するといいだろう。
最後に多能工化している企業の事例を紹介する。
住宅販売の会社「トヨタホーム」では、複数の作業を1人で行ってもらうための教育を実施している。これは時期によって、業務量を調整するためだ。
繁忙期と閑散期では、必要な人員が変わる。時期によって社員の配置を変えるために、多能工化が導入されているようだ。
スーパーマーケットを展開している「ヤオコー」では、1人でレジ打ちや品出し、総菜づくりの補助ができる人材を育てている。業務の忙しさによって、従業員が業務内容を変えられるようにするためだ。
たとえばレジが混んでいるときはレジ要員を増やし、総菜づくりが忙しいときは、総菜づくりをサポートする従業員を増やせば、店内の業務はスピーディーに回っていく。それを実現させるため、ヤオコーでも多能工化を取り入れている。
宿泊施設を展開している「星野リゾート」では、フロント業務や客室業務、調理補助、レストラン業務の4種類を1人で回すことを目標としている。その理由は2つあるようだ。
1つ目は、人件費を無駄にしないためだ。4種類の業務は、それぞれピークの時間帯が異なる。1人で4つの業務ができるようになれば、各作業のピーク時間に対応できるため、暇な時間を生み出さずに済む。結果、多能工化によって人材を有効活用していると言える。
2つ目は、お客様の情報を多く集めるためだ。1人で4つの業務を行えば、お客様と接する機会が増える。結果、お客様の声を耳にする機会も増えていく。多くの声が集まれば顧客満足度を上げるための方法が思い付きやすくなり、サービスの質の向上につながる。以上2つの内容を実現させるために、星野リゾートでも多能工化を導入している。
多能工化すると業務量が多い社員の負担を軽くしたり、幅広いスキルを習得させたりすることが可能だ。しかも1人で複数の業務をこなせるため、人材が少なくて業務を回せなくなっている企業にとっても効果的な取り組みだと言える。ただし多能工化を実現させるには、以下のように正しい手順で実行していくことが大事だ。
多能工化するときは社員に行動させるだけではなく、マニュアルや計画を作成したり、社員のフォローを行ったりなど細やかな対応が必要となる。また、多能工化を成功させるには下記のポイントを抑えておくことも大事だ。
社員の視点を無視した状態で多能工化を進めると、社内が混乱してしまう恐れがある。そのため、現場の声も大事にしながら進めるべきだ。今後、日本の生産力は労働人口の減少によって落ちていくと言われている。そのため、様々な業界で多能工化は必要とされるだろう。人材を有効活用するためにも、多能工化に力を入れていただければと思う。
なお、マニュアル作成研修や業務改善研修などを実施することで、社内の意識を変えていくことも有用だ。ぜひ参考にしてほしい。